六郷町登山協会創立五十周年によせて

六郷登山協会 顧問 清水 源悦

 六郷町登山協会創立五十周年誠におめでとうございます。

 登山協会発足以来、初代会長、田口哲雄氏の指導力と細谷祐司氏、宇佐美晃一氏の見識により、登山協会の発展の基礎が築かれ、篠原信之助氏、現在の畠山正会長に引き継がれており。益々のご発展を期待しております。会員の皆さんの今後、益々活動を楽しみにしております。

 私が登山協会の会員になった切っ掛けは会員の皆さんに惜しまれて令和4年12月21日に、急逝された橋本健治君です。橋本君とは、六郷中学校で、3年間、机を並べて学んだ同級生です。彼に誘われて参加した昭和58年6月12日、焼山、毛せん峠登山だったと思います。山登りの楽しみを経験してから会員になりました。この時の経験で山登りの楽しさにはまり、登山の経験も知識も無い私は、諸先輩方から指導うけました。宇佐美晃一氏、細谷祐司氏、など、多くの諸先輩方に大変お世話になりました。

 六郷町登山協会の会員として、県内は鳥海山、駒ヶ岳、県外は、岩手山、谷川岳、白馬岳、穂高岳、安達太良山、利尻岳、など、日本百名山に、挑戦したことが思い出され、貴重な体験が出来た事を誇りに思い出されます。

 六郷町登山協会創立50周年記念登山の計画が発表された時、しばらく山登りをしていなかった私は最後の登山をしたいと思いながら考えました。

 昭和62年7月23日~25日、剣、立山登山の悪天候の中での縦走が思い出されました。写真で見るような素晴らしい山容に酔いしれたいと密かに思いました。早速、岩屋朝徳君に、私の思いを伝えて二人で計画しました。

 この度の山登りは、天候に恵まれて、最高の条件でした。室堂山荘を出発して整備された登山道を喘ぎながら、一の越山荘を目指して高度を上げて行きました。一の越山荘で休憩して、雄山を遠くに見上げながら休み、休み登りました。

 後ろから来た登山客に道を譲り、高度を上げて、標高3000m級の山々が連なる国内有数の山岳地帯である立山連峰の中でも雄山が目標でした。雄山山頂では、雄山神社峰本社に参拝して願いかなえました。

 小休止後、大汝山を目指し、3015mの大汝山で登頂記念写真を撮りました。山頂直下の大汝山休憩所で、遅い昼食を取りここで縦走隊と別れて、岩屋朝徳君と二人で大汝山から雄山を経由して室堂山荘へ向かうことになりました。

 雄山山頂で休憩中、約10m先の草の中で、鳥の頭の様な形が目に入りました。岩屋君に、雷鳥ではないかと指さしながら話をして、目を凝らしました。

 親鳥が動き出したら、親鳥の後から、1羽、2羽、3羽、4羽、5羽とひな鳥が続いた。雷鳥の親子の行列です。この度の登山で雷鳥に逢えたらと期待しておりましたので願いがかなえられて、二人で昂奮しながら観察することになりました。

 短い休憩を終えて、一の越山荘を目指して下山することになりました。突然、遠くで雷鳴があり、段々と距離が近づく気配を感じて下山の足を速めました。一の越山荘に逃げ込み、二人で小休止です。

 ホットコーヒーを注文して、コーヒーを味わいながら休憩を取りました。室堂山荘まであと少しと話しながら、雄山山頂での雷鳥に会えた事を話題に話が弾みました。

 室堂山荘を目指して下山途中に、下から登ってくる約20人ぐらいのチームにしかも2チームに会いました。この時間に登るグループもあるんだと人気の高い立山連峰に、登頂出来たことに振り返り感激しました。

 今回の雄山山頂、大汝山、と最高の天候に恵まれ、若い登山協会会員と登頂出来たことは、人生最高の登山経験になりました。

 改めて、六郷町登山協会創立50周年、おめでとうございます。
 これからも、会員の皆さんが登山活動を続けて、次の10年、創立60周年に向けて六郷町登山協会を発展させて下さい。

 会員の皆さんの今後の活動をご期待申し上げて筆をおきます。