上高地の思い出

栗林 久美子 (上町)

 山歩きに同行しなくなって久しいがラインの写真を見て懐かしくその雰囲気を楽しんでいる。50周年の節目にあたり思い出をとのこと。数々ある中で特に涸沢カールと、上高地を一人でトレッキングしたことが思い出深い。涸沢カールのことは龍子さんが30周年記念誌「岳渓に遊ぶ」に克明に書いてくれている。15年前の事だがハプニングと共に楽しい思い出として忘れられない。

 朝6時、釜トンネルの門が開くと同時に上高地に1歩足を踏み入れた時の清々しい爽やかな空気に心打たれた。初めて見る風景は雄大な穂高連峰をバッグに梓川の清らかな流れ,河童橋、濃い緑の樹林が陽に輝いて見え、自然のまま清潔できれいな素晴らしい景観が目の前に広がった。わ~ 別世界・・・

 そして涸沢カールを目指し、まず河童橋から横尾大橋まで梓川沿いのなだらかな道を、清らかな梓川の流れに癒されながら延々と3時間も歩いた。見えるもの全てが新鮮で、どこを切り取っても画になる、自然の風景そのままが美しく澄んだ空気も美味しいと思った。

 横尾大橋から涸沢まではとてもきつかったが登り切った後、2300mでの生ビールの美味しかったこと格別だった。翌日は三つのパーティに分かれて私は龍子さんと二人で涸沢カールをゆっくり楽しむコースである。2300ⅿの北アルプスの楽園、時間を気にせず存分に歩き廻った。そこに到達した人だけが味わえる幸せな空間だった。この時の思い出があまりにも深く心にあって・・・

 2008年7月恒例の山行が上高地~奥穂~前穂~上高地のコースで計画された。3000ⅿ級、上級登山なので参加は諦めていた。が 間近になっても、上高地が気になって仕方ない。そうだ!上高地をトレッキングしながら待っていれば良いのではないか?と突然閃いた。1週間ほど前だったかも知れない。会長さんへ電話で相談してみた。「今から宿は取れないだろうが自分で取れたなら」とのこと。おそらくどこも満員だろうから全く期待せず!どうせダメならいたずら半分で帝国ホテルだ!軽い気持ちで!ポンポン!と電話した。ところが意に反して、シングル1室空いているとのこと?

 エ~?嘘?まさか?!と驚きと戸惑いで、後にも退けず 宝くじに当たったような感じで予約しちゃった。会長さんに報告したら驚いていたが同行を許してくれた。あの時 唐突ではあったが会長さんから許して頂いたお蔭で、再びあの爽やかな上高地へ足を踏み入れることができた。その時は1泊目全員で徳澤園に泊り、2泊目は穂高岳山荘の山小屋泊、三泊目は上高地の西糸屋山荘に泊まるコースだった。翌日岩稜登山のグループを横尾大橋でお見送りし 明後日の西糸屋山荘で合流するまでの間、一人で上高地梓川右岸の道を自由気儘、行き交う人たちを眺めながら興味深いところを寄り道してルンルン歩いた。

 昼食はプ~ンと香ばしい香りに吸い寄せられて入った嘉門次小屋の名物 岩魚の塩焼き定食。囲炉裏の炭火で焼き立てをこの山中で食せるとは!槍ヶ岳帰りの山女グループと会話しながら、幸せを独り占めした感じだった。食後は明神池で休憩。明神岳から伏流水が湧き出ている、澄み渡る透明な水面に青い空が映され、自然のまま悠然と水を湛えている大きな池の周りを散策、岩魚の魚影が見える。この環境で育った岩魚、美味しいはずだ。

 上高地の入り口河童橋に戻ると観光客が増えていた。
 ひたすら歩き回って疲れたので早めに今日の宿に向かった。

 一応ザックを背負い登山の姿なので頑張って登ってきた振りをして木立の中の赤い三角屋根のホテルに入った。こんな田舎女で気おくれしたが優しく丁寧に対応してくれた。中央のどっしりしたマントルピースが目を引いた・・・

 元々そこに泊まること自体偶然のできごと。一人である事に寂しさを感じたがこのような機会はまたとないだろう。チャンスと捉え、二度とないであろう至福の時を過ごした。

 何よりも天気に恵まれ上高地のポイントを充分満喫させて貰った山行だった。