炭焼きの道・後ろのツル再生

小川

 平成25年9月21日。

山の会4人(山崎さん、橋本さん、小松さんと小川)に昔この一帯で山仕事していた戸沢辰男さんを加えて信倉沢の遡行。

 六郷東根の六郷ダム手前の湯田橋から入渓し岩手との県境・白糸の滝分岐まで進み、帰りは「後ろのツル」を通って六郷ダムに帰ると言う計画であった。

 沢歩きは順調に進み、水が細くなった頃から左岸の尾根に取り付き、「後ろのツル」合流点を目指した。

 今、振り返ると県境に突き上げる尾根の一つ手前の尾根に取り付いたようだ。そして途中で出会うはずの旧道の痕跡を見逃してしまい、その先のピークに突き抜けてしまったのである。途中に踏み跡かな・・・と思う所もあったが・・・。湯田長根伝いの県境676mピーク(まんぶのピーク)の一つ北側の700mほどのピーク、白糸の滝分岐から県境沿いに凡そ600mほど南の背丈を超える程の竹藪に入り込んでいたのである。見たことの無い景色で完全に現在地を見失ってしまっていた。

 秋の日の短いことから道探しを諦め、そのままピストンし、湯田橋まで戻り、事なきを得た。それでも車を動かす頃には暗くなっていた。

 帰り道が見つけられなかったのは相当ショックであった。よもや間違うはずが無いとたかを括っていた。

 登山協会創立の頃、その最初の登山が「後ろのツル」から滝見と山菜取りであったと聞く。この時の映像は今もフィルムに残されている。また、自分が登山協会に入りたての頃、降る滝や白糸の滝を見たくて毎週のように「後ろのツル」を通った事があった。

 以来、20年以上が過ぎ、あんなにハッキリとしっかりしていた道が手入れや歩く人が無くなればこんなに荒れてしまうものなんだと改めて思い知らされた。

 このことが動機付けとなって後ろのツル復活プロジェクトに走ることになる。ただ、良き思い出の中にあった山道が廃れて藪だらけになったことの寂しさと残念さが取り組みの原動力であった。会の仲間に協力を呼び掛けた所、最終的には延べ人数で85人(会員以外も含む)。要した日数は13日。整備したその距離は県境・白糸の滝分岐迄5.4キロに及んだ。

 平成26年4月12日、雪上で六郷ダムから県境までルート確認とピンクテープでマーキング作業。5月17日から藪払い作業を始め、この日は「オトシの三角点」まで。翌18日は「熊見」まで進む。その後、岩手県下前側の「県境・白糸の滝分岐」と「熊見」の両方から作業を進め、全線開通したのは8月31日であった。

 更に「県境・白糸の滝分岐」に「後ろのツル」標柱を建てたのは9月26日。翌年には「女神登山口」、「湯田神社跡」、「オトシの三角点」、「熊見」、「カナクラ鞍部」の標識を整備した。

 こうした取り組みは魁新聞や美郷の話題にも取り上げて頂いた。また、当会のホームページにもその都度、活動内容をアップし、紹介した。

 突然出てきた「後ろのツル」なる山道、当初は???でいろんな人に聞かれたものである。その由来については会員の中でも知る人は無く、その他の人にあっては勿論のこと知る由もない。知っているのはダムに沈んだ村・湯田集落に住んで居た者にしか理解出来ない名前なのだ。

「後ろのツル」の語源は以下の通り。

ここ、湯田集落の家の向きはほとんどの家が湯田沢に沿う南向きになっていた。村人が山仕事に行くには家の後ろから向かう。単純に家の後ろの「後ろ」である。「ツル」とは鍋ツルの「ツル」もしくは弓の弦の「ツル」である。何れも細く、ここでは細く狭い尾根道を言ったものである。村人が暮らしの中で使った用語である。

 余談であるが村人が山仕事で歩くルートはこの他に湯田沢沿いの「上の沢(かみのさわ)」、湯田沢支流の「カナクラ沢」そして「湯田長根」等があった。天気や季節にとって歩き分けていたとの事である。

 もっと言うとこれらの山道は江戸期で言うと荒川街道や信倉越えの主要道に対して枝道や脇道と成り得、山仕事の村人以外にも南部沢内村や平鹿郡山内村との交易の道としても利用されたのではと思われる。

 この「後ろのツル」復活プロジェクトが原点となって、その後の「畠山久左衛門道」、「女神山・土手森登山道」の調査、整備に繋がる事になった。何れも新しい道路が出来たり、山仕事をする人達が居なくなって誰も歩くことなく忘れられた踏み跡である。新しく道を作るのも良いが今の自分にはかつて使われていただろうものを探し、見つけ出し、そして出来るだけ再生に力を注ぐのは楽しいし、その意義も感じている。

 「後ろのツル」復活作業から8年が経過し、この名前もそこそこ市民権を得てきたように思う。「畠山久左衛門道」の「のりげ」、「女神山・土手森登山道」の「シシパゲ」等もそんなに遠くない将来には違和感なく受け入れられる日が来てくれることを願うものである。


※この地域には変わった地名が多い(湯田集落の人達の呼び名)
「いだて」、「おくびる」、「おとし」、「おびら」、「きざさ」、「でんご」、「しまし」、「ししぱげ」、「まんぶ」、等